読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

留学の記憶(忘れる前に)

留学中の出来事。あんなことやこんなこと。

フィデルが死んだ。

2016年11月25日、キューバ革命の立役者フィデル・カストロが死んだ。90歳。

僕は2016年8月の約1ヶ月間をかけてキューバを端から端まで旅した。

そのとき僕がキューバで見たもの聞いたこと感じたものと、今アメリカで報道されている雰囲気があまりにも違いすぎて、なんだか複雑な気持ちになる。

「複雑な気持ち」で片付けてしまうと、2〜3年後には何を感じたか綺麗サッパリ忘れてしまいそうだから、書いてみる。

f:id:koyamagic:20161128101448j:plain

面白いのは

キューバ」に住んでる「キューバ人」たちは喪に服していて、

「アメリカ」に住んでる「キューバ系移民」たちは喜んでる、ということ。

(もちろん、それぞれ、全員が全員というわけではないけれど)

 

僕がいつも見てるABC Newsによると、

キューバ移民の多いフロリダでは、人々がアメリカ国旗とキューバ国旗を振りながらフィデルの死を喜んでいるそうだ。

「ついにキューバに自由が!」人々はそう言って盛り上がってる。

ドナルド・トランプとか、他の政治家たちも、フィデルと「独裁者」と批判する。

 

明確にしておきたいのは、フィデルは一般的な「独裁者=悪者」というイメージとは一味違うということだ。

 

キューバ革命後、フィデル国家評議会議長というキューバで一番偉い人になった。

そして、「学校無償化」「医療の無償化(完全に無料ではない)」などを行った。

フィデルは、フィデル自身の肖像画を飾ることを禁止する法律を自分で作った。

週末返上でキューバで一番偉い人が、農場で働いた。

私腹肥やしてどうのこうのという感じではない。

 

「人々」の中には2種類いて、「キューバからの移民」と「それ以外」に分けられると思う。

「それ以外」の人々が、フィデルの死を喜ぶのはまぁ、いいや。あんまり興味ない。

アメリカの俺様教育を受け、資本主義万歳で、ラテンアメリカや中東でのアメリカの振る舞いに疑問を感じない人たちにとって、フィデルはまさに「独裁者」であり「自由の敵」であり「アメリカにたてつく悪者」だろう。

僕が違和感を感じたのは、キューバからアメリカに移り住んだキューバ移民たちも、フィデルの死を喜んでいるらしい、ということだ。

「祖国に自由が!」

いやちょっと待って。

フィデルやチェゲバラが達成したキューバ革命こそ「祖国に自由を!」のために戦ったのでは?

キューバ革命前のキューバでは親米政権とアメリカ企業で主に農地とかその他もろもろの産業がアメリカに抑えられてた。首都ハバナにはカジノとか豪華ホテルとか、アメリカ資本の建物が沢山あって、年代を考えると、今のハバナよりもよっぽど栄えていたそうだ。けど、そこで遊んでいるのは、外国人か、外国人と仲の良い一部の富裕層キューバ人だけで、その他大勢の普通のキューバ人は低賃金で搾取されていた。

当時の親米バチスタ政権は、アメリカと繋がってて、お金も武器も沢山あるから、選挙の結果とかもクーデターでひっくり返しちゃうありさま。それをひっくり返そうと、フィデルがチェゲバラやカミーロと一緒に現れて、有名なキューバ革命が始まった。

キューバ革命は「親米独裁政権打倒」、そして「キューバ(人)に自由を!」という目的だった。

そして死に物狂いでキューバ革命は成功。キューバに自由が訪れた。

キューバ革命から50年以上が経った、祖国に自由をもたらした英雄が死んだ。

そして人々は「祖国に自由が!」と喜ぶ。

報道によると、「キューバ移民」と言ってもその多くは2世や3世であり、アメリカ生まれアメリカ育ちだそうだ。

「教育」って、恐ろしいな。物事の見方を決めてしまう。

「時の流れ」って、恐ろしいな。革命直後と50年後で英雄が悪者になる。

「アメリカ化=正解」ってわけでもなかろうに。

経済的にはもちろん問題があるけど、「キューバ社会主義・貧乏」というイメージで、キューバ革命の背景とか、フィデルの功績とか全部無かったことにされてしまうのは嫌だな。

 

いまキューバがどんな感じか、キューバの友達に聞いてみているところ。